夢向側の音色

誰にも媚びずただ感じたままに書きますよ

上原さんへのTwitterへの書き込みについて感じたこと

 こんにちは、Akiです。

 今日は午前の仕事が少し早めに終わったのでお昼までの時間でブログを更新することにしましたよ。

 

 さて何を書こうかな。

 そういえば、以前、私は普段テレビを見ないと書いた。確かに見ないのだが、ネットを常用している以上何かしらの情報は入ってきたりする。北朝鮮がミサイル打っただの、政治がどうしただの。最近ではスマホでくだらないニュースが入ってきたりすることも多い。

 

 そんな中、昨日上原多香子さんの不倫疑惑について言及しているニュースを見た。Twitterが炎上しているということだったので少し覗いてみた。その時に感じたことを書いてみようと思う。

 

 リプ欄がありえないほどに炎上していた。

 お前最低だな、人殺しだ、一生悔め、一生笑うことなき人生を歩め、など。それはまさに「死ね死ねコール」。もちろんこの段階では週刊誌の情報しかなく、それに対する真偽の確認や本人の言及が無い状態なのにもかかわらず。

 

 書き込みをしている当人たちの論理は「これだけひどい事をしたのだから、世間から責められて当然だ。」と暗に言っている。

 

 ネットは本当に世界を変えてしまった。

 ネットが無い世界ではこのような社会現象は起こりえなかった。

 特に日本人は共感性が強い性質も手伝って、この手の情報の広がり、感情の広がりは爆発的な速さと強さがある。

 

 ①スクープを飯の種にしているマスメディア。

 ②それをまとめたり拡散することで利益を得ている情報二次加工業者。

 ③拡散されている情報を見て感情を刺激された世間。

 

 今回の上原さんへのTwitterへの書き込みはこの3者①メディア②拡散者③世間が三位一体となって実行している言葉による集団リンチに他ならない。

 

 不倫の善悪とか、そういうことについては私は特に思う事はない。

 

 ただ、このような現象にどのような意味が隠れているのだろうか、と考える。

 今回の上原さんの件だけじゃない。

 不安とか、怒りとか、そういう感情は結びつき、肥大化して、破壊的な性質を帯びるということはもはや自然科学としても歴史的にみても証明されているといって等しい。今回の上原さんに向けられた言葉は、まさに「上原さんを破壊する」という感情的なエネルギーに変貌して起こった現象でもある。しかもそういった感情的なエネルギー巻き込まれてしまっている当人達はそのことへの自覚がない。そう、戦争に行かされた戦士達が敵を殺すことに何も思わないのと同じように。

 

 では、仮にこのような状況が「よろしくない状況」だったとして、どうすればこういった悲劇が無くなるか、と問われれば「全体的に知性が向上しないと無くならないだろう。」と私は言うと思う。

 

 知性の向上とはたとえば、

 このような悲劇的破壊的な状況をよく観察して、

 こんなクソみたいな社会、クソみたいな世界に対する幻滅と諦めの気持ちを認め、

 その原因を冷静に理解して、

 己の言動を省みて、

 一人一人が自分の生活の中で言動や考え方が変化し、

 集団的な意識に変化を及ぼしていく、みたいなイメージ。

 

 その地道で長い年月によるプロセスが、最終的には社会的な組織体や、メディアなどへの変化を促していくのかもしれない。

 

 だから、上原さんを攻撃している人たちを非難したり、弾圧しようとしたり、そういうことをしても何も意味がないどころか、余計こじらせるだけ。辛い現実だけど上原さんは上原さんなりに背負った現実であり、運が悪くてこうなったわけでもない、しかしこれは上原さん個人の問題であって、周囲が上原さんを破壊して良い理由にはならない。

 

 だから私個人的な感情レベルでは、今上原さんに向けられている匿名という盾を持った安全地帯から感情的、中にはお祭り騒ぎに便乗したいというおよそ人間的に腐った行為をしている人達に対する強い怒りを持っている。

 

 今の今、私にできることは、自分が持っているこの怒りを表明するくらいでしかない。

 

 そして私たち集団としては、一人でも多く、この悲惨で醜い現象に対して理性的で進歩的な意識の向上の糧にすることしかない。